出雲大社東京分祠|どんな福が宿る場所か
出雲大社東京分祠は、六本木で大国主大神の御分霊を祀る、出雲大社教の分祠です。公式の由緒では、第80代出雲国造で出雲大社教初代管長の千家尊福が、東京と東日本で教えを伝える拠点として、明治11年(1878)に神田神社社務所内へ東京出張所を設けたことに始まります。明治16年(1883)には神殿を設けて御分霊を鎮祭し、明治22年(1889)に現在の六本木へ移りました。1945年の空襲では戦災に遭いましたが御分霊は移され、1961年に木造神殿を再建、1980年に現在の鉄筋コンクリート造へ改築されました。公式が説く「縁結び」は男女の縁だけでなく、人と社会がお互いの幸福につながる縁も含む教えです。このページは、特定の出会いや関係の成立を保証するものではありません。

この社寺に伝わる願いごと
由緒や資料で確かめられた範囲で、次のような願いごとが伝えられています。
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時のながれ
- 明治11年(1878) — 千家尊福が1月11日、神田神社社務所内に東京出張所を設けました。公式由緒はここを東京分祠の始まりとしています。
- 明治15年(1882) — 東京出張所が麹町区上二番町へ移転しました。
- 明治16年(1883) — 東京出張所に神殿を設け、千家尊福が出雲から御分霊を奉じて鎮祭しました。
- 明治22年(1889) — 神殿が麻布区材木町、現在の港区六本木七丁目へ移転しました。
- 昭和20年(1945) — 5月25日の空襲で戦災に遭いました。公式由緒は、御分霊を別の場所へ移すことができたと記しています。
- 昭和36年(1961) — 12月31日、現在地に木造神殿が再建されました。
- 昭和55年(1980) — 近隣開発に伴い、神殿が現在の鉄筋コンクリート造へ改築されました。
このページで確かめたこと
資料照合/未解決
分祠公式は1878年の東京出張所を始まり、1883年の神殿設立と御分霊の鎮祭を分祠建立として記しています。『創設年』を一つに縮めると二つの段階が混ざるため、年表では分離しました。東京都の宗教法人名簿は、出雲大社教を包括団体とする出雲大社東京分祠が六本木7丁目18番5号に所在し、法人登記が1955年4月5日であることを確認できますが、これは信仰施設の創始年ではありません。公式が『都内唯一の分祠』と説明する点について、東京都名簿は所在地と法人の存在を裏付けますが、唯一性そのものを行政が認定した資料ではありません。縁結びの教えについては、分祠公式の由緒ページの説明に帰属させています。現地取材は未実施です。
この節の確認に使った資料
近くの福
- 赤坂氷川神社(縁の福・約959m)
- 善福寺の逆さイチョウ(国指定天然記念物)(木の福・約1.0km)
- 豊川稲荷東京別院(金の福・約1.6km)
- 日枝神社(皇城の鎮)(除の福・約1.7km)
参考・出典
- 由緒
出雲大社東京分祠(公式・一次) - 出雲大社東京分祠
出雲大社東京分祠(公式・一次) - 東京都宗教法人名簿(令和7年12月31日現在)
東京都生活文化局(行政資料・一次)