赤坂氷川神社|どんな福が宿る場所か
天暦5年(951)、蓮林僧正が一ツ木村に氷川明神を祀ったことに始まると伝わる古社です。享保14年(1729)に八代将軍徳川吉宗が老中・水野忠之へ社殿造営を命じ、翌15年(1730)に現在地へ遷座しました。このときの御社殿は安政の大地震、関東大震災、1945年の東京大空襲を免れ、建立当時の姿を伝える東京都有形文化財です。素盞嗚尊・奇稲田姫命の夫婦神と大己貴命を祀ることから、縁結び・厄除けの信仰で知られます。境内には7対の狛犬があり、中門両脇の一対は延宝3年(1675)の銘を持ち、神社公式では都内の神社に現存する石造狛犬の中で最も古いものとされています。四合稲荷は明治31年(1898)に四社を合祀した際、勝海舟が四社・幸福・志を合わせる意味を重ねて名付けたと伝わります。また、推定樹齢400年、幹周約7.5メートルの大銀杏は、1945年の空襲で幹の大部分を焼損しながら、今も毎年黄葉する境内のシンボルです。

この社寺に伝わる願いごと
由緒や資料で確かめられた範囲で、次のような願いごとが伝えられています。
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時のながれ
- 天暦5年(951) — 蓮林僧正が一ツ木村に氷川明神を祀ったことに始まると伝わります。
- 治暦2年(1066) — 関東一円の旱魃の際、村人が雨乞いをすると雨が降ったと公式由緒に伝わります。
- 延宝3年(1675) — 現在地への遷座より前の年号を刻む石造狛犬一対が建立されました。
- 明治31年(1898) — 近隣の四社を合祀し、勝海舟が四合稲荷と名付けたと伝わります。
- 昭和51年(1976) — 江戸中期から残る御社殿が東京都の有形文化財(建築物)に指定されました。
近くの福
- 日枝神社(皇城の鎮)(除の福・約787m)
- 豊川稲荷東京別院(金の福・約897m)
- 出雲大社東京分祠(縁の福・約959m)
- 虎ノ門金刀比羅宮(金の福・約1.1km)
参考・出典
- 赤坂氷川神社について
赤坂氷川神社(公式) - 境内案内
赤坂氷川神社(公式)