豊川稲荷東京別院|どんな福が宿る場所か
港区元赤坂の豊川稲荷東京別院は、愛知県の豊川稲荷・妙厳寺が直轄する曹洞宗の寺院です。「稲荷」という名ですが、神社ではなく豊川吒枳尼眞天を祀ります。江戸時代、豊川稲荷を篤く信仰した名奉行の大岡越前守忠相が、赤坂一ツ木の邸内に御分身を祀ったことに始まると本山が伝えています。明治20年(1887)には赤坂表町へ祠堂が移されました。境内の大岡廟は、大岡越前守を祀る場所としてキスポートが紹介しています。商売繁盛の信仰や、10円玉の入った黄色い袋「融通金」を受け、硬貨を財布に入れて持ち歩き、1年後に感謝を込めて返す習わしも紹介されています。由緒の人物と、今に伝わる祈願の形を結ぶ場所です。

この社寺に伝わる願いごと
由緒や資料で確かめられた範囲で、次のような願いごとが伝えられています。
押すと、同じ願いごとが伝わる場所を地図で探せます。ご利益や効果を保証するものではありません。
時のながれ
- 江戸時代 — 本山の別院案内は、大岡越前守忠相が赤坂一ツ木の邸内に御分身を祀り、代々大岡家に受け継がれたと伝えています。
- 1828年 — キスポートの紹介によると、忠相ゆかりの大岡家が赤坂一ツ木の屋敷内に、一般の人々が参拝できる参詣所を設けました。
- 明治20年(1887) — 本山の案内は赤坂表町への祠堂移建を記し、それ以後、妙厳寺直轄の別院として続くと説明しています。キスポートは現在地への移転としています。
このページで確かめたこと
資料照合/未解決
本山の別院案内は、大岡家の邸内で受け継がれた信仰と1887年の移建を説明しています。キスポートは1828年の一般参拝開始や、大岡廟・融通稲荷など境内の姿を補っています。1828年の参詣所開設を、忠相本人が行ったとは記していません。また、融通金の記事は感謝を込めて返す習わしを紹介しており、追加する金額や納付の義務は示していません。
この稿のための現地確認は行っていません。現在の授与・返納方法や堂内の見学範囲は、寺院の案内で確かめてください。
この節の確認に使った資料
近くの福
- 日枝神社(皇城の鎮)(除の福・約656m)
- 赤坂氷川神社(縁の福・約897m)
- 平河天満宮(江戸三大天神)(学の福・約1.0km)
- 虎ノ門金刀比羅宮(金の福・約1.6km)
参考・出典
- 別院案内
宗教法人妙厳寺 - 港区探訪 第39回 豊川稲荷東京別院
港区スポーツふれあい文化健康財団