虎ノ門金刀比羅宮|どんな福が宿る場所か
虎ノ門金刀比羅宮には、江戸の商人や職人の奉納を伝える銅鳥居が残ります。神社の由緒では、万治3年(1660年)、讃岐丸亀藩主の京極高和が三田の江戸藩邸に讃岐金刀比羅宮の分霊を迎え、延宝7年(1679年)に虎ノ門へ移ったとされています。大物主神を祀り、殖産興業や招福除災の信仰で知られます。文政4年(1821年)の銅鳥居には、左の柱に青竜と玄武、右に朱雀と白虎が飾られています。柱の足元に刻まれた奉納関係者の名前も、江戸の町と神社のつながりを伝える手掛かりです。

この社寺に伝わる願いごと
由緒や資料で確かめられた範囲で、次のような願いごとが伝えられています。
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時のながれ
- 万治3年(1660年) — 丸亀藩主の京極高和が、三田にあった江戸藩邸に讃岐金刀比羅宮の分霊を迎えたと、神社の由緒に記されています。
- 延宝7年(1679年) — 京極高豊の代に、現在の虎ノ門へ移ったと神社の由緒に記されています。
- 文政4年(1821年) — 10月に銅鳥居が奉納されました。港区の文化財目録では、願主や世話人の多くが芝地域の商人・職人で、ほかの江戸市中の地名や人名も見られると説明しています。
- 平成13年(2001年) — 銅鳥居が10月23日に港区の有形文化財(建造物)に指定されました。
このページで確かめたこと
資料照合/未解決
神社の由緒は、丸亀藩の藩邸から始まった沿革と、大物主神への信仰を伝えています。港区の文化財目録は、銅鳥居の奉納年月、四神の配置、柱の足元に刻まれた人名まで説明しており、確認する対象が異なります。奉納者は芝の商人や職人だけではなく、江戸のほかの地域の人々にも及ぶとされています。現在の神社の祈祷案内には企業・法人向けの商売繁盛や海上安全なども挙がりますが、祈願の案内と、実際の事業の成果を示す記録は別です。
境内の現況は現地で確かめていません。銅鳥居の刻字の現在の読み取りやすさや、接近できる範囲は今回確認していません。
この節の確認に使った資料
近くの福
- 愛宕神社(出世の石段)(金の福・約535m)
- 日枝神社(皇城の鎮)(除の福・約941m)
- 赤坂氷川神社(縁の福・約1.1km)
- 芝大神宮(千木筥・関東のお伊勢さま)(縁の福・約1.4km)
参考・出典
- 由緒・御祭神・歴史
虎ノ門金刀比羅宮 - ご祈祷のご案内
虎ノ門金刀比羅宮 - 銅鳥居 港区文化財総合目録
港区立郷土歴史館