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除 除の福 資料確認済み

護王神社(足腰守護・いのしし神社)|どんな福が宿る場所か

自治体史・公的アーカイブ・寺社の公式由緒等、一次資料で内容を確認済みの情報です。
位置精度: 地点特定 / 最終確認日: 2026-08-22
社頭の看板「足腰の守護神 いのししの護王神社」と、脇に並ぶ酒樽(2026-08-22 撮影)
社頭の看板「足腰の守護神 いのししの護王神社」と、脇に並ぶ酒樽(2026-08-22 撮影)

京都御所の西、蛤御門の向かいに鎮座し、平安京建都に貢献した和気清麻呂公とその姉・広虫姫命を祀る。道鏡事件で足の腱を切られ九州へ配流された清麻呂公を、山中から現れた300頭のいのししが守護し、足萎えが不思議と癒えたという故事から、足腰守護の信仰で知られる。狛犬の代わりに霊猪像が置かれ「いのしし神社」とも呼ばれる。

この社寺に伝わる願いごと

由緒や資料で確かめられた範囲で、次のような願いごとが伝えられています。

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時のながれ

現地の写真

鳥居の扁額「護王神社」と、その奥の門(2026-08-22 撮影)
鳥居の扁額「護王神社」と、その奥の門(2026-08-22 撮影)
境内の狛いのしし。狛犬の代わりに置かれた猪の像(2026-08-22 撮影)
境内の狛いのしし。狛犬の代わりに置かれた猪の像(2026-08-22 撮影)
霊猪手水舎。猪の鼻から水が出る手水鉢(2026-08-22 撮影)
霊猪手水舎。猪の鼻から水が出る手水鉢(2026-08-22 撮影)
現地の説明板「足萎難儀回復の碑と神足石」。右奥に足形の刻まれた石(2026-08-22 撮影)
現地の説明板「足萎難儀回復の碑と神足石」。右奥に足形の刻まれた石(2026-08-22 撮影)
御神木の招魂樹と、根元に並ぶ座立亥串(2026-08-22 撮影)
御神木の招魂樹と、根元に並ぶ座立亥串(2026-08-22 撮影)
護王神社(足腰守護・いのしし神社)の位置を示す地図
この地点の地図です(地理院タイルに地点を加筆しています)

このページで確かめたこと

現地確認/資料照合

2026年8月22日に社頭の看板、鳥居、狛いのしし、霊猪手水舎、招魂樹と座立亥串、そして「足萎難儀回復の碑と神足石」の説明板を撮影しました。その説明板には、和気清麻呂公が足萎の難儀で苦しんでいたところ三百頭もの霊猪が現れて公を護り、公の足萎は不思議と治って立ち歩くことができたこと、この碑はその故事にあやかって建立され、神足石の上に立って祈願することで格別の御神縁を授かり足腰に御利益があると信仰されていることが記されています。境内の「和気清麻呂公と霊猪」の説明板は、この故事の典拠を『日本後紀』巻八とし、拝殿前の雌雄一対の猪を公の随身として説明しています。御由緒の看板は、平安遷都の実質的な推進者が和気清麻呂であること、姉の広虫が藤原仲麻呂の乱で孤児となった八三人を養子としたことを、京都大学名誉教授・上田正昭氏の文章(出典『京都人権歴史紀行』平成十年十一月二十五日発行・人文書院)として掲げています。授与所でいただいたご由緒のパンフレットには、明治二十三年に猪像が建てられて以来「狛いのしし」として親しまれてきたこと、霊猪手水舎は鼻をなでると幸せが訪れるといわれること、座立亥串は二本一組で一本を招魂樹の前に刺しもう一本を持ち帰って神棚や玄関に祀ることが記されています。当サイトは、これらを説明板とパンフレットが伝える内容として紹介しています。

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参考・出典

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