白峯神宮(まりの神様・精大明神)|どんな福が宿る場所か
白峯神宮は、和歌と蹴鞠の家として知られる飛鳥井家の邸宅跡に建つ神社です。慶応4年(1868年)、明治天皇が孝明天皇の遺志を継ぎ、崇徳天皇の御霊を慰めるため現在地に社殿を新造したと、神宮の日本語由緒は説明しています。明治6年(1873年)には第47代淳仁天皇も祀られました。飛鳥井家が代々祀ってきた精大明神の祭祀も受け継がれ、「まりの神様」として球技やスポーツ、習い事の上達を願う参拝で知られています。境内の蹴鞠碑や奉納された競技の公式球は、公家の蹴鞠から今日のスポーツへ続く信仰をたどる手掛かりです。

時のながれ
- 慶応4年(1868年)9月6日 — 明治天皇が孝明天皇の遺志を継ぎ、崇徳天皇の御霊を京都へ迎え、飛鳥井家の邸宅跡に新造した社殿へ祀ったと日本語由緒と略年表が説明しています。
- 明治6年(1873年) — 第47代淳仁天皇を淡路島の御陵から迎えて併祀したと、神宮の由緒に記されています。
このページで確かめたこと
資料照合/未解決
神宮の日本語由緒と略年表は、創建時に飛鳥井家の邸内社だった精大明神の祭祀を受け継いだと説明しています。京都市観光協会の七夕祭の案内にも、精大明神を飛鳥井家の守護神とする説明と、蹴鞠奉納の紹介があります。奉納された公式球は、個々のチームの成績を神社の働きで説明する資料ではなく、信仰の広がりを伝えるものとして見られます。なお、神宮の英語ページは創建を1863年と記し、日本語の慶応4年の記載と異なっています。ここでは日本語由緒と略年表に沿い、相違の理由は未確認です。
この稿のための現地確認は行っていません。現在展示されている球の種類や、蹴鞠碑の細部は現地で確認していません。
この節の確認に使った資料
🗺 この地点を明治の地図で見る(今昔マップ on the web)
この福を掘り下げた記事
近くの福
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- 北野天満宮(学の福・約1.6km)
参考・出典
- 白峯神宮 由緒
白峯神宮 - 略年表
白峯神宮 - 精大明神例祭「七夕祭」
京都市観光協会 - 白峯神宮|そうだ 京都、行こう。
東海旅客鉄道 - English page
白峯神宮