大宮八幡宮(多摩の大宮・東京のへそ)|どんな福が宿る場所か
大宮八幡宮は、杉並区大宮に鎮座し、「多摩の大宮」「東京のへそ」の呼び名を持つ神社です。神社の縁起によると、前九年の役を平定した鎮守府将軍・源頼義が戦勝に感謝し、康平6年(1063年)に京都の石清水八幡宮から御分霊を迎えて創建したと伝わります。応神天皇と父の仲哀天皇、母の神功皇后という親子三神を祀り、その結び付きから縁結び・安産・子育ての信仰で知られています。杉並区は、秩父神社、大宮氷川神社とともに武蔵国三大宮の一つに数えられたと紹介しています。源氏の創建伝承だけでなく、旧境内地から出土した弥生時代の墓や土器にも、この土地の長い来歴が残されています。

この社寺に伝わる願いごと
由緒や資料で確かめられた範囲で、次のような願いごとが伝えられています。
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時のながれ
- 康平6年(1063年)(伝承) — 前九年の役を平定した源頼義が、戦勝への感謝として石清水八幡宮から御分霊を迎えたと、神社と杉並区が縁起を紹介しています。
- 貞治元年(1362年)12月 — 大宮の社僧が熊野那智大社を訪れたことを記す米良文書が伝わると、杉並区が紹介しています。
- 江戸時代 — 幕府から朱印地30石を与えられ、大名や武士から武勇の神として崇敬されたと杉並区は説明しています。
- 昭和44年(1969年) — 善福寺川に面する旧境内地で、弥生時代の有力者の墓とみられる方形周溝墓3基が発掘されたと杉並区は記しています。
このページで確かめたこと
資料照合/未解決
杉並区の文化財案内は、1063年の創建を神社に伝わる縁起として紹介する一方、1362年の社僧の参詣については米良文書を挙げています。縁起と文書に記された活動の手掛かりは分けて読めます。1969年の発掘についても、神社の由緒は祭祀遺跡や住居跡と広く紹介し、区は旧境内地の方形周溝墓と出土品を具体的に説明しています。弥生時代の遺構があることだけで、当時から現在と同じ八幡信仰があったとまでは分かりません。また、「東京のへそ」は神社が紹介する呼び名で、東京都域の重心をこちらで計算したものではありません。
現地取材は未実施です。出土品や社宝の公開状況、境内での案内の見え方は確認していません。
この節の確認に使った資料
近くの福
- 阿佐ヶ谷神明宮(八難除の社)(除の福・約2.7km)
- 明治神宮 清正井(御苑の名湧水)(水の福・約5.4km)
- 明治神宮 鎮守の杜(永遠の杜)(木の福・約5.5km)
- 穴八幡宮(一陽来復御守)(金の福・約7.6km)