小網神社(強運厄除・東京銭洗い弁天)|どんな福が宿る場所か
文正元年(1466)創建と伝わる神社です。関東大震災で御神体が守られ、東京大空襲でも社殿が戦災を免れた由緒から「強運厄除の神」と崇められています。境内の「銭洗いの井」は東京銭洗い弁天として親しまれています。現存する社殿と神楽殿は、関東大震災後の昭和3年(1928)12月に上棟され、棟梁の記録には明治神宮の造営にも携わった内藤駒三郎の名が残ります。社殿は本殿・幣殿・拝殿がつながる権現造で、向拝には鳳凰、飛龍、唐獅子、獏、養老の滝、昇り龍・降り龍などの宮彫りが施されています。境内の形に合わせて造られた神楽殿は、五角形という珍しい平面をもつ建物です。社殿・神楽殿と棟札・造営関係資料は、平成3年(1991)に中央区民有形文化財へ登録されました。萬福舟乗弁財天は、かつて同じ境内にあった寺院の弁財天で、神仏分離後に寺院が廃絶したため、明治2年(1869)に小網神社へ遷されたと伝えられています。

この社寺に伝わる願いごと
由緒や資料で確かめられた範囲で、次のような願いごとが伝えられています。
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時のながれ
- 文正元年(1466) — 網にかかった稲穂を携えた網師の翁の来訪を機に創建されたと伝わります。
- 明治2年(1869) — 神仏分離後に寺院が廃絶したため、同じ境内の寺院に安置されていた弁財天が小網神社へ遷されたと伝えられています。
- 昭和3年(1928) — 関東大震災後に再建された社殿と神楽殿の上棟祭が行われました。棟梁の記録には内藤駒三郎の名が残ります。
- 昭和20年(1945) — 東京大空襲の際、社殿を含む境内建物が戦災を免れたと神社公式由緒に記されています。
- 平成3年(1991) — 社殿・神楽殿と棟札・造営関係資料が、中央区民有形文化財へ登録されました。
近くの福
- 水天宮(日本橋蛎殻町)(縁の福・約405m)
- 福徳神社(芽吹稲荷)(金の福・約658m)
- 湯島聖堂(史跡・孔子廟)(学の福・約2.3km)
- 神田明神(神田神社)(金の福・約2.3km)
参考・出典
- ご祭神・ご由緒
小網神社(公式) - 境内のご案内
小網神社(公式) - 小網神社社殿及び神楽殿
東京都中央区