水天宮(日本橋蛎殻町)|どんな福が宿る場所か
日本橋蛎殻町の水天宮は、安産・子授けの信仰で知られる社です。境内には、母犬が子犬を見つめ、その周囲に十二支を配した「子宝いぬ」があります。公式は、自分の干支を撫でて安産や子授けなどを願う信仰を紹介しています。文政元年(1818)、久留米藩主有馬頼徳が江戸の上屋敷へ久留米水天宮の分霊を勧請したのが始まりと伝わり、明治5年に現在地へ移りました。祭神は天御中主大神・安徳天皇・建礼門院・二位の尼の四柱です。現在の社殿は、江戸鎮座200年記念事業として建て替えられ、平成28年(2016)から参拝者を迎えています。江戸から続く由緒と、今の境内に置かれた祈願の形をたどれる場所です。

この社寺に伝わる願いごと
由緒や資料で確かめられた範囲で、次のような願いごとが伝えられています。
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時のながれ
- 文政元年(1818) — 公式由緒では、久留米藩主有馬頼徳が芝赤羽根橋の上屋敷へ、久留米水天宮の分霊を勧請したとされています。
- 明治4年(1871) — 公式由緒は、有馬家の当主とともに水天宮が青山へ移ったと説明しています。
- 明治5年(1872) — 公式由緒では、日本橋蛎殻町の現在地へ移った年です。
- 平成28年(2016) — 江戸鎮座200年記念事業で建て替えた社殿で、4月から参拝者を迎えたと公式が記しています。
このページで確かめたこと
資料照合/未解決
公式案内は1818年の江戸への勧請、明治5年の蛎殻町への遷座、平成28年の社殿建て替えを別々の出来事として説明しています。公式の同じ案内には、勧請先を「三田赤羽」とする書き方と「芝赤羽根橋」とする書き方の両方があります。どちらも同じ江戸上屋敷を指すと読めますが、表記の違いはそのまま残します。現在地への移転年が、そのまま今ある建物の築年になるわけではありません。「子宝いぬ」と十二支の案内も、参拝に伴う信仰の紹介です。東京観光財団のページは安産・子授けの参拝先として紹介していますが、像の細部や建て替えの時系列は公式案内で補っています。
現地取材は未実施です。像に近づける範囲、混雑時の参拝動線や撮影の可否は確かめていません。
この節の確認に使った資料
近くの福
- 小網神社(強運厄除・東京銭洗い弁天)(除の福・約405m)
- 福徳神社(芽吹稲荷)(金の福・約1.0km)
- 富岡八幡宮(江戸最大の八幡様)(除の福・約1.9km)
- 神田明神(神田神社)(金の福・約2.5km)