湯島聖堂(史跡・孔子廟)|どんな福が宿る場所か
湯島聖堂では、孔子を祀る大成殿と、江戸時代から残る入徳門を通して、学びの場の歴史をたどれます。徳川綱吉が上野忍岡から孔子廟を移すよう命じたのは1690年、建物の竣工は1691年と、東京都立図書館は所蔵絵図の解説で区別しています。1797年には幕府直轄の昌平坂学問所が開かれ、1922年に国の史跡となりました。現在の大成殿は関東大震災後の1935年に再建されたものです。一方、文京区の案内は入徳門を1704年の木造建築と紹介しています。学問所の始まりと、目の前にある建物の年代を分けて見ると、学びの場が災害を経て受け継がれてきたことが分かります。

この社寺に伝わる願いごと
由緒や資料で確かめられた範囲で、次のような願いごとが伝えられています。
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時のながれ
- 元禄3年(1690) — 徳川綱吉が、上野忍岡の孔子廟を神田湯島へ移すよう命じたと、東京都立図書館の所蔵資料解説に記されています。文京区は、この地へ移した孔子廟を大成殿と改称し、規模を拡大したと説明しています。
- 元禄4年(1691) — 湯島の聖堂が竣工しました。都立図書館所蔵の『聖堂之繪圖』は、その直後の様子を伝える資料です。
- 宝永元年(1704) — 文京区のコース案内(PDF)は、現在残る入徳門の建築年をこの年としています。
- 寛政9年(1797) — 幕府直轄の昌平坂学問所が開かれました。
- 大正11年(1922) — 国の史跡に指定されました。
- 昭和10年(1935) — 文京区のコース案内(PDF)は、現在の大成殿をこの年の再建と説明しています。観光協会は、関東大震災後の鉄筋コンクリート造での再建と案内しています。
このページで確かめたこと
資料照合/未解決
文京区観光協会は1690年に孔子廟を移したことを始まりと説明しています。都立図書館の『聖堂之繪圖』解説は、1690年の移転命令と1691年の竣工を分けており、年表はこの区別に沿っています。また、観光協会は現在の建物を1935年再建とまとめますが、文京区のコース案内(PDF)は入徳門を1704年の木造建築としています。境内の建物すべてを1935年のものと受け取らないよう、大成殿と入徳門を分けました。大成殿の屋根の飾りには火災除けの意味があると区は紹介していますが、防災上の働きが確かめられたという意味ではありません。現地取材は未実施です。現在の内部公開の曜日や料金は、この稿では確定していません。
この節の確認に使った資料
近くの福
- 神田明神(神田神社)(金の福・約124m)
- 湯島天満宮(湯島天神)(学の福・約736m)
- 福徳神社(芽吹稲荷)(金の福・約1.7km)
- 東京大神宮(縁の福・約1.8km)
参考・出典
- 聖堂之繪圖(所蔵資料と2025年展示解説)
東京都立図書館 - 湯島聖堂(ゆしませいどう)
文京区 - 史跡湯島聖堂
文京区観光協会 - 学問の聖地湯島コース(PDF2ページ目・湯島聖堂)
文京区