橿原神宮(建国の地・畝傍山東南麓)|どんな福が宿る場所か
橿原神宮は畝傍山の東南麓にあり、京都御所から移された本殿を伝える神社です。神武天皇が橿原宮で初代天皇として即位したという『日本書紀』の記述に基づき、明治23年(1890年)に官幣大社として創建されました。祭神は神武天皇と媛蹈韛五十鈴媛皇后です。神宮は、困難を経て東遷を成し遂げた物語を開運・招福の信仰に結び付け、健康・延寿も祈りの対象として紹介しています。重要文化財の本殿は、もとは京都御所の内侍所、すなわち賢所だった建物です。古代の即位の物語と、近代に創建された神宮、移築された社殿という三つの来歴を分けてたどれます。

時のながれ
- 紀元元年(伝承) — 神宮の公式説明は、『日本書紀』の記述をもとに、神武天皇が畝傍山東南の橿原宮で初代天皇として即位したと伝えています。
- 安政2年(1855年) — 後に本殿となる京都御所の内侍所が建造された年として、神宮の建物案内に記されています。
- 明治23年(1890年)4月2日 — 民間有志の請願を受け、官幣大社・橿原神宮が創建されたと神宮は記しています。京都御所の内侍所(賢所)が本殿として下賜されました。
このページで確かめたこと
資料照合/未解決
橿原市の紹介と神宮の由緒は、本殿が京都御所の内侍所を移した建物である点で一致しています。神宮の建物案内は、その建造を1855年、下賜を1890年の創建時と分けて説明しています。したがって、神武天皇の即位伝承の年代を、現在の本殿の築年として読むことはできません。同じ案内には2015年2月から約1年かけた檜皮屋根の葺き替えも記され、移築後も修理を重ねてきたことが分かります。なら旅ネットは、本殿の手前に内拝殿と外拝殿があると案内しています。
現地取材は未実施です。通常の参拝位置から本殿のどこまで見えるかや、現在の修理・参拝動線は現地で確認していません。
この節の確認に使った資料
🗺 この地点を明治の地図で見る(今昔マップ on the web)
近くの福
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