建水分神社(たけみくまりじんじゃ)|どんな福が宿る場所か
金剛山の麓にある建水分神社には、三つの社殿を渡廊で結んだ国の重要文化財の本殿があります。文化庁のデータでは、中殿は一間社春日造、左殿と右殿は二間社流造で、いずれも檜皮葺です。並ぶ三殿がすべて同じ形というわけではありません。千早赤阪村は、崇神天皇5年に諸国が飢えた際、金剛山麓に水の神を祀ったのが始まりと伝えています。大阪観光局は、金剛葛城の山麓に水神として奉祀したと紹介しています。祭神は天水分神・国水分神です。村の案内では、中殿に天御中主神、左殿に天水分神と罔象女神、右殿に国水分神と瀬織津媛神を祀るとされています。水をめぐる由緒と、三殿それぞれの祭神・建築の違いをたどれる社です。

時のながれ
- 崇神天皇5年と伝わります — 諸国が飢えた際、金剛山麓に水の神を祀ったのが始まりと千早赤阪村は伝えています。村の案内は、池や溝を造って農業を勧めたことと結び付けて説明しています。
- 建武元年(1334) — 後醍醐天皇の命で楠木正成が社殿を現在地へ移したと、大阪観光局の案内が伝えています。
- 室町中期 — 文化庁のデータは、現存する中殿・左殿・右殿の三棟を、いずれも室町中期(1393〜1466)の建築としています。
このページで確かめたこと
資料照合/未解決
本殿の中殿だけでなく、左殿・右殿の文化庁データも確認すると、三棟とも指定日は1900年4月7日です。一方、千早赤阪村の案内は昭和25年に重要文化財指定と記しています。制度上の扱いの違いかどうかは今回確かめておらず、同じ年だとまとめてはいません。また、大阪観光局は一般参拝を拝殿までと案内しています。
この稿のための現地確認は行っていません。三殿や渡廊を参拝位置からどこまで望めるかは未確認で、近づいて見られるとは限りません。現地の案内に従ってください。
この節の確認に使った資料
🗺 この地点を明治の地図で見る(今昔マップ on the web)
近くの福
- 狭山神社(半田の大宮)(水の福・約7.9km)
- 櫻井神社(上神谷八幡宮)(除の福・約11.9km)
- 道明寺天満宮(学の福・約12.5km)
- 辛國神社(からくにじんじゃ)の参道(木の福・約12.6km)
参考・出典
- 建水分神社(本殿は重要文化財)
千早赤阪村 - 建水分神社
大阪観光局 - 建水分神社本殿(中殿)
文化庁 - 建水分神社本殿(左殿)
文化庁 - 建水分神社本殿(右殿)
文化庁