石上神宮(いそのかみじんぐう・布留の社)|どんな福が宿る場所か
石上神宮は天理市の布留に鎮座し、国宝の拝殿と七支刀を伝える神社です。神宮は日本最古の神社の一つ、古代豪族・物部氏の総氏神と紹介し、崇神天皇7年に布留の高庭へ祀られたと伝えています。健康長寿・病気平癒・除災招福・百事成就の守護神として信仰されてきました。神庫に伝わる七支刀は、『日本書紀』に百済から贈られたと記される「七枝刀」に当たると神宮が考えている品です。拝殿について天理市は現存最古と紹介する一方、文化庁のデータベースは、現在の建物に鎌倉時代前期ごろの様式が見られると説明しています。創祀の伝承、刀の銘文、建築の特徴という異なる手掛かりから古さをたどれる場所です。

この社寺に伝わる願いごと
由緒や資料で確かめられた範囲で、次のような願いごとが伝えられています。
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時のながれ
- 崇神天皇7年(伝承) — 布都御魂大神を石上布留の高庭に祀ったことが始まりと、神宮と天理市が伝えています。
- 西暦369年(推定) — 神庫に伝世した国宝・七支刀の製作年として、神宮は現在の銘文解釈に基づく推定を紹介しています。
- 永保元年(1081年)(伝承) — 白河天皇が宮中の神嘉殿を拝殿として寄進・移建したと、天理市は伝えています。現拝殿の様式による年代評価とは区別します。
- 鎌倉時代前期ごろ — 文化庁のデータベースは、現拝殿にこの時期の様式の特徴があると説明しています。拝殿の創立自体は明らかでないとされています。
- 1954年3月20日 — 石上神宮拝殿の国宝指定日として、文化庁のデータベースに記載されています。建造年ではありません。
このページで確かめたこと
資料照合/未解決
天理市が紹介する1081年の神嘉殿の移建は伝承です。文化庁のデータベースが記す鎌倉時代前期という評価は、現在の建物の様式に基づき、さらに向拝は江戸時代のものと説明しています。両者を一つの建立年にまとめると、由来と現存建築の区別が失われます。七支刀も、神宮は369年製作と『日本書紀』所載の七枝刀との同定を、それぞれ解釈に基づく説明として紹介しています。奈良県の案内では、かつて本殿はなく、1913年の本殿造営まで拝殿後方の禁足地が祭祀の対象だったとされています。
現地取材は未実施です。拝殿の細部、刀の原物と銘文、文化財の現在の公開範囲は確認していません。
この節の確認に使った資料
🗺 この地点を明治の地図で見る(今昔マップ on the web)
近くの福
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