城南宮|どんな福が宿る場所か
京都の南にある城南宮は、方位や家相の心配がないように願う「方除の大社」として知られます。平安京遷都の794年、都の安泰と国の守護を願って創建されたと、神社の由緒は伝えています。平安時代後期には、白河上皇や鳥羽上皇が城南宮を取り囲むように城南離宮を造営しました。離宮の御殿は、熊野詣の前に心身を整える場所や、方位の災厄を避けるための「方違え」の宿所にもなり、上皇や貴族が無事を祈ったとされています。いまの祈願案内にも工事・引越・通勤・旅行などが挙がり、住まいや移動への願いと結び付いています。

この社寺に伝わる願いごと
由緒や資料で確かめられた範囲で、次のような願いごとが伝えられています。
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時のながれ
- 794年の創建伝承 — 平安京遷都に際し、都の安泰と国の守護を願い、国常立尊を八千矛神・息長帯日売尊と合わせて祀ったことが創建の由来と伝わります。城南宮の名は、平安城の南に鎮まる宮を意味すると説明されています。
- 平安時代後期 — 白河上皇や鳥羽上皇が城南離宮を造営し、城南宮は離宮の鎮守として崇敬されました。御殿は熊野詣の精進所や方違えの宿所にも使われたと、神社の由緒に記されています。
- 現在の祈願と年中行事 — 方位の障りや家相の心配がないように願う祈願を方除と呼びます。公式の年中行事では、方除大祭を4月第2日曜日の祭りとして案内しています。
このページで確かめたこと
資料照合/未解決
城南宮の由緒は、平安京の南の守護としての創建と、後に造られた城南離宮の方違えの宿所を分けて説明しています。794年から離宮があったという意味ではありません。京都府観光連盟は、現在の社殿が平安調で統一され、庭園の楽水苑には時代ごとに趣向を変えた庭があると紹介しています。平安の雰囲気を伝える建物や庭の説明と、平安時代から同じ建物が残っているという主張も区別しています。
境内の現況は現地で確かめていません。庭園の現在の花の状態や、行事当日の観覧方法は今回確認していません。
この節の確認に使った資料
🗺 この地点を明治の地図で見る(今昔マップ on the web)
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