伏見稲荷大社|どんな福が宿る場所か
伏見稲荷大社は、京都府観光連盟が全国の稲荷神社の総本宮と案内する神社です。神社公式の沿革は、社記に基づき、和銅4年(711)2月の初午の日に伊呂具秦公が三柱の神を稲荷山の三ヶ峰へ祀ったと伝えます。一方で『山城国風土記』逸文に残る白鳥と稲の奇瑞も起源譚として紹介し、信仰の始まりは711年より古い可能性があると説明しています。現在は五穀豊穣・商売繁昌の神として篤い信仰を集めています。千本鳥居は、崇敬者が祈りと感謝を鳥居の奉納で表す習わしが江戸時代に興り、現在の景観を形づくったものです。711年は確定した創建日ではなく、神社に伝わる鎮座年として扱います。

この社寺に伝わる願いごと
由緒や資料で確かめられた範囲で、次のような願いごとが伝えられています。
押すと、同じ願いごとが伝わる場所を地図で探せます。ご利益や効果を保証するものではありません。
時のながれ
- 和銅4年(711) — 社記は、伊呂具秦公が三柱の神を稲荷山の三ヶ峰へ祀ったと伝えています。神社公式も鎮座伝承として紹介しています。
- 天長4年(827) — 東寺の塔造営で御神木を伐ったことに関わる記録として、稲荷神に従五位下が授けられたと神社公式沿革が記しています。
- 延長5年(927) — 『延喜式神名帳』に山城国紀伊郡の稲荷神社三座が名神大社として載っています。
- 長保2年(1000) — 『枕草子』に、二月初午の日に稲荷山へ詣でた様子が記されたと神社公式沿革が紹介しています。
- 江戸時代 — 祈りと感謝を示すため参道へ鳥居を奉納する信仰が興り、千本鳥居の景観を形づくりました。
このページで確かめたこと
資料照合/未解決
2026年9月5日に神社公式の沿革・ご利益・千本鳥居の各ページと京都府観光連盟の案内を照合しました。商売繁昌・五穀豊穣の信仰と、鳥居奉納が江戸時代に興ったという説明は公式資料で確認できます。起源については、神社公式自身が『山城国風土記』逸文の奇瑞譚、社記の711年鎮座伝承、さらに古い信仰の可能性を並べています。このため当ページでは711年を確定した創建年とせず、伝承として表示します。境内に現存する鳥居の正確な総数は今回の資料では確認していないため、具体的な本数は書きません。現地取材は未実施です。
この節の確認に使った資料
🗺 この地点を明治の地図で見る(今昔マップ on the web)
この福を掘り下げた記事
近くの福
- 藤森神社(勝運と馬の社・菖蒲の節句発祥)(学の福・約1.9km)
- 新熊野神社 大樟(影向の大樟)(木の福・約2.0km)
- 豊国神社(豊臣秀吉・出世開運)(金の福・約2.8km)
- 城南宮(除の福・約3.0km)