椿大神社(猿田彦大本宮・伊勢国一の宮)|どんな福が宿る場所か
三重県鈴鹿市山本町に鎮座する神社です。主祭神は猿田彦大神で、公式サイトはこの社を「猿田彦大神を祀る全国二千余社の本宮」と説明しています。境内の由緒板は、瓊々杵尊が地上に降臨するとき天の八衢まで迎えに出て先導したことから、猿田彦大神が「みちびきの祖神」と崇められてきたと伝え、創建を垂仁天皇27年秋8月、倭姫命の御神託によるものとしています。
参道の中ほどには、猿田彦大神の御陵とされる高山土公神陵があります。公式サイトの境内案内は「前方後円墳」と書き、現地の説明板は「太古の古墳と伝えられる」とだけ記しています。
別宮の椿岸神社は猿田彦大神の妻神である天之鈿女命を祀り、公式サイトは芸道の祖神・夫婦円満・縁結びの神として崇敬されていると案内しています。境内には松下幸之助が寄進した茶室の鈴松庵と、末社の松下社もあります。
入道ヶ嶽(標高906.1m)の山頂には奥宮が鎮座し、境内の案内図には「奥宮まで片道2時間」と貼り出されています。

近くの福
- 能褒野神社(能褒野墓)(木の福・約9.0km)
- 加佐登神社(白鳥塚古墳)(除の福・約9.7km)
- 保曽井神社(曽井城の氏神)(除の福・約11.3km)
- 神明神社(尾平町)(除の福・約12.5km)
この社寺に伝わる願いごと
由緒や資料で確かめられた範囲で、次のような願いごとが伝えられています。
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時のながれ
- 垂仁天皇27年(紀元前3年)秋8月 — 境内の由緒板は、倭姫命の御神託によってこの年に創建されたと記しています。
- 仁徳天皇の御代 — 現地の案内板「椿の杜」は、御霊夢により一夜にして千本の椿が満開に咲いたことから「椿」の社名になったと言われている、と記しています。
- 昭和41年(1966) — 末社の説明板によると、松下幸之助がこの年から参拝を重ね、同じ年に始まった「昭和の大造営」に造営資金を寄付しました。
- 昭和50年(1975) — パンフレットによると、松下幸之助が寄進した茶室の鈴松庵が完成しました。鈴鹿の「鈴」と松下の「松」から名づけられています。
- 平成10年(1998)4月27日 — 松下幸之助の崇敬を顕彰するため、御影石造りの御神殿を設けて末社「松下社」として御霊代を奉安したと、説明板は記しています。
このページで確かめたこと
現地確認/資料照合
2026年9月4日と10月3日に参拝しました。御朱印は書き置きのみで初穂料300円、本宮・別宮の椿岸神社・寿老神・三社龍神の4種類です。授与所は16時30分まで、御祈祷の受付は16時までで、予約はいりません。参拝時間は、境内の掲示によると11月から4月が午前5時から午後6時、5月から10月が午前5時から午後7時です。
参道の中ほどにある高山土公神陵は、公式サイトの境内案内と由緒の冊子が「前方後円墳」と書き、現地の説明板は「太古の古墳と伝えられる」とだけ書いています。前に立つと円い塚に見えましたが、木が茂っていて全体は見渡せませんでした。どちらかに寄せず、両方をそのまま記しています。
この節の確認に使った資料
🗺 この地点を明治の地図で見る(今昔マップ on the web)
この福を掘り下げた記事
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