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住吉大社の五大力さん ── 五所御前の石の探し方と返し方

住吉大社の五所御前では、小石から「五」「大」「力」の三文字の石を探して御守にすると、体力・智力・財力・福力・寿力を授かるといわれています。願いが叶ったら、授与所の感謝の小石3個に自分で文字を書き、拾った3個と合わせて倍にして返すのが作法です。

2026-08-27 | 執筆・編集:福跡マップ編集部
目次(7項目)

住吉大社の第一本宮の南に、玉垣で囲まれた小さな一角があります。五所御前(ごしょごぜん)。ここに散らばる小石のなかから「五」「大」「力」の三文字を探し出し、御守にするというならわしが伝わる場所です。

探し方はそれだけ。むしろ住吉大社の公式サイトがはっきり書いているのは、返し方のほうでした。「願い事が叶いましたら、石を倍にしてお返しください」と明記されています。

手元にあるのは、授与所でいただいた紙です

この記事で「リーフレット」と書くのは、8月14日に住吉大社を参拝したとき、御守授与所でいただいた住吉大社の発行物のことです。表紙には「五所御前参り『五大力』守」とあります。

住吉大社のリーフレット「五所御前参り『五大力』守」の表紙(2026年8月14日、御守授与所でいただいたもの)
住吉大社のリーフレット「五所御前参り『五大力』守」の表紙(2026年8月14日、御守授与所でいただいたもの)

表紙の下のほうには「住吉さんのパワーストーン」と刷られています。神社自身がこの言葉を使っています。

五所御前は住吉大社がはじまった場所と伝わる

住吉大社の公式サイト「住吉っさんの見所」は、五所御前を「約1800年前に住吉大神鎮座の際、最初にお祀りされた場所と伝えられる神聖な場所」と説明しています。境内の見どころのひとつ、という扱いではありません。社のはじまりの地として位置づけられています。

鎮座は、公式の由緒によれば神功皇后摂政11年(西暦211年)。底筒男命・中筒男命・表筒男命の住吉三神と、鎮斎した神功皇后を祀り、延喜式名神大社・摂津国一之宮・旧官幣大社という社格を重ねてきました。全国約2300社余の住吉神社の総本社にあたります。

観光庁の地域観光資源の多言語解説文データベースに収められた解説文(作成は住吉大社地域協議会)は、この場所を、住吉三神が大木から降りてきて神功皇后の前に姿を現した地と記します。玉垣の内に杉が育っているのは、その伝承と結びついたものとされます。五所御前が高天原(たかまがはら)とも呼ばれる理由も、そこにあると説明されています。

いっぽう、神社が配っているリーフレットは、別の筋を書いていました。

約1800年前、神功皇后が住吉大神を祀る場所を定める際、1本の大樹に三羽の白鷺が降り立ち歓喜の様を表しました。よって、この場所を祀りの場とし住吉大社が創建されたとされている神聖な場所です。

大樹が出てくるところは共通していますが、そこに降りたものが違います。観光庁のデータベースでは住吉三神ご自身、神社の紙では三羽の白鷺。

ちなみに現在の本殿は、大阪市の解説によると文化7年(1810年)の建立で、市内唯一の国宝建造物。四棟が海へ向かって並ぶ住吉造です。その第一本宮のすぐ南が、五所御前ということになります。

「五」「大」「力」の三文字をそろえる

石に書かれているのは、五・大・力の三文字。三つそろえて御守にすると、体力・智力・財力・福力・寿力の五つの力を授かるといわれている、というのが公式サイトの記述です。

2026年8月14日、五所御前でそろった「五」「大」「力」の三つ
2026年8月14日、五所御前でそろった「五」「大」「力」の三つ

観光庁のデータベースでは、この五つが「健康、知恵、富、幸福、長寿」と言い換えられています。財力と福力が富と幸福に対応する形で、順序も内容もおおむね重なります。

神社のリーフレットは、五つの力のあとに一言足しています。

「五大力」は体力・智力・財力・福力・寿(命)力を意味し、心願成就のお守りにする信仰です。

寿力には「命」の字が添えられ、文の終わりに「心願成就」という言葉が置かれています。同じリーフレットは、このならわしの始まりについては「いつしか、『五所御前』の垣内の玉砂利から『五』『大』『力』の三種類の墨書された小石を探し出してお守りにする習わしが起こりました」と書くだけで、年代を示していません。石の文字が墨書きであることは、ここで分かります。

リーフレットの「五大力とは」「五所御前とは」の面
リーフレットの「五大力とは」「五所御前とは」の面

同じ日にいただいた境内案内のリーフレットは、この信仰をもっと短く、「五・大・力の3つの石を集めて御守りにすると願い事が叶うと言われています」の一行にまとめています。

つくり方は、四つの手順で書かれています

リーフレットは、御守のつくり方を四つに分けています。一、垣内の玉砂利に書かれた「五」「大」「力」の小石を探し出す。二、授与所で小石を入れる専用の袋「五大力守袋」を授かる。三、願い事を込めながら小石を袋に入れる。四、願い事が叶うまで「五大力守」をカバンや部屋に掛けて大切にお持ちください。

石を探すのが先で、袋を受けるのが後。順番はこの通りに書かれています。

玉砂利を手のひらにすくって探す(同じ8月14日、五所御前にて)
玉砂利を手のひらにすくって探す(同じ8月14日、五所御前にて)

石を納める御守袋は授与所で受けられ、住吉大社のお知らせによれば現在は10色が用意されているとのこと。リーフレットには初穂料も書かれていて、500円。ただし金(黄色)のみ1,000円です。色によって初穂料が変わるのは、この一色だけでした。

リーフレットの「五大力守」のつくり方。初穂料500円、金(黄色)のみ1,000円とある
リーフレットの「五大力守」のつくり方。初穂料500円、金(黄色)のみ1,000円とある

「五大力」という言葉そのものの由来は、公式サイトもリーフレットも説明していません。仏教の五大力菩薩や五大明王と結びつける解説を各所で見かけますが、住吉大社自身が示しているのは五つの力の中身までで、語の出どころには踏み込んでいません。

返し方 ── 倍にしてお返しくださいの意味

公式サイトの見所ページは「願い事が叶いましたら、石を倍にしてお返しください」と書きます。お知らせのページはもう少し具体的で、「お願い事が叶いましたら、感謝の小石とともにお持ちの石守りを五所御前にお返しください」。

つまり、借りた三つを返して終わりではありません。見所ページは返し方も書いていて、「返納の石(感謝の小石)は、御守授与所でお求めいただき、ご自身が拾われた石と共に五所御前にお返しください」とあります。感謝のぶんの石は授与所で受けて、自分が拾った石と一緒に納めます。三つ受けて六つ返す形になります。

リーフレットは、その手順をさらに細かく書いていました。

授与所にある返納専用の「感謝の小石」3個に自分で「五」「大」「力」と書き、最初に授かった小石3個と合わせて計6個の小石を元の場所に「倍返し」します。「感謝の小石」は少しのお志(初穂料300円)をお願いします。

これで三つのことが具体的になります。返す石は授与所にある「感謝の小石」であること。三文字は自分で書くこと。そして「感謝の小石」には初穂料300円という目安があること。

リーフレットの「願い事が叶ったら」の面。感謝の小石3個と合わせて計6個を元の場所に「倍返し」すると書かれている
リーフレットの「願い事が叶ったら」の面。感謝の小石3個と合わせて計6個を元の場所に「倍返し」すると書かれている

観光庁のデータベースの解説は、返す石を自分の近所で集めた三つの石に文字を書いて用意するものだと記しています。石の出どころが、神社の資料とは違います。公式サイトもリーフレットも「授与所にある返納専用の感謝の小石」と書いているので、神社側の説明は二つとも同じです。観光庁のデータベースだけが別を書いている、という形です。

石守りを借りっぱなしにしない。この一点が、五所御前を単なる縁起物の授与所と分けています。

行く前に見ておきたい、時間のこと

リーフレットの裏面には、開門・閉門と中止期間が載っています。

五所御前は、授与所より1時間早く閉まります。石を探すのが先で袋を受けるのが後、という順番なので、夕方に着くと片方だけが間に合わない時間帯が生まれます。

リーフレット裏面の開門・閉門と中止期間
リーフレット裏面の開門・閉門と中止期間

位置関係は、同じ裏面の境内図が示しています。御守授与所は反橋を渡った正面あたり、五所御前は第一本宮のすぐ南。石を探してから袋を受けるとなると、この二か所を一度往復することになります。

リーフレット裏面の境内図。赤い矢印が御守授与所と五所御前(五大力)を指している
リーフレット裏面の境内図。赤い矢印が御守授与所と五所御前(五大力)を指している

境内そのものの開門時間は、門に掛かった札のほうに書かれていました。8月14日に確認したところ、開門は4月〜9月が午前6時、10月〜3月が午前6時半、閉門は一年中午後5時。リーフレットの「御守授与所 午前9時〜午後5時」は閉門と同じ時刻で、五所御前の午後4時だけが1時間早い、という並びになります。

同じ日にいただいた境内案内のリーフレットには、もう少し細かい一覧があります。御守授与所が午前9時00分〜午後5時00分、祈祷受付が午前9時00分〜午後4時00分、五所御前(五大力)が開門〜午後4時00分、楠珺社(初辰さん)と種貸社が午前9時00分〜午後4時00分、おもかる石が開門〜午後5時00分。この一覧では、おもかる石だけが午後5時までです。

ただ、公式サイトのアクセスのページ(2026年9月28日確認)では、2か所の時刻がリーフレットと違います。祈祷受付は午前9時00分〜午後3時50分、おもかる石は開門〜午後4時00分です。御守授与所(午前9時00分〜午後5時00分)と五所御前(開門〜午後4時00分)、楠珺社と種貸社(午前9時00分〜午後4時00分)は、リーフレットと同じでした。

同じページは閉門を「外周門 午後4時00分」「御垣内 午後5時00分(1年中)」と分けて案内しています。リーフレット(8月14日入手)と公式サイトのどちらが新しい案内かは分からないので、夕方に着く予定の方は、出かける前に最新の案内を確かめてください。

正月と住吉祭の期間は五大力そのものがお休みになる、という一行も、旅程を決める前に見ておきたいところです。具体的な日付までは紙に書かれていないので、その年の告知を見ることになります。

住吉大社には、石にまつわる信仰がもうふたつある

五所御前だけで帰ってしまうのは、少しもったいないです。公式の見所ページには、石にまつわる場所があと二か所挙げられています。

ひとつは大歳社境内のおもかる石。願い事が叶うか否かを占う霊石とされ、まず持ち上げて重さを覚え、次に手を添えて願掛けをしてから、もう一度持ち上げます。二回目のほうが軽く感じればその願いは叶う、という占い方が公式に示されています。境内案内のリーフレットも「お願い事の可否を占う願掛けの霊石です」と一行で説明していました。土日や初辰まいりの日には行列ができるほどだそうです。

もうひとつが誕生石。薩摩藩島津氏の始祖・島津忠久が生まれた場所と伝えられ、ここの小石を安産の御守とする信仰が今も続いていると公式は記します。

大歳社は、月々の初辰の日に四社をめぐる初辰まいりの四番目にあたる社。一番目の種貸社、二番目の楠珺社から順にたどれば、五所御前・おもかる石・誕生石の三か所が、自然と道筋のなかに入ってきます。

玉垣の内が聖域であることは変わらない

五所御前は、住吉大社が社のはじまりの地と伝える場所。小石を拾う行為が許されているのは、そこに長く続いた信仰の作法があるからで、境内のどこでも石を持ち帰ってよいという話ではありません。玉垣の内は、いまも聖域として扱われています。

公式サイトもリーフレットも、記しているのは「〜という信仰があります」「〜と言い伝えられています」という形の伝承です。五つの力の内訳も、返納のならわしも、その枠のなかにあります。三文字がそろわない日もあります。それでいい、というのが、倍にして返すという作法の含意なのだろうと思います。

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住吉大社の周りには、住吉区の福が9件あります。

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参考・出典

8件出典に基づいて掲載しています

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