波太神社(はたじんじゃ・鳥取大宮)|どんな福が宿る場所か
阪南市石田の波太神社には、寛永15年(1638)建立の本殿と末社三神社本殿が残り、いずれも国の重要文化財です。鳥居の正面に見える拝殿と、その奥にある本殿は、建てられた時期が異なります。『延喜式』に記載された式内社で、鳥取郷の総社として鳥取大宮とも呼ばれたと伝わります。本殿では、鳥取氏の祖神とされる角凝命を祀る波太宮と、応神天皇を祀る八幡宮を一つの建物に合わせています。阪南市の解説では、本殿の正面に二つの千鳥破風と中央の唐破風があり、屋根は檜皮葺から銅板葺へ改められたとされています。社殿の配置と屋根の形が、由緒をたどる手がかりです。

この社寺に伝わる願いごと
由緒や資料で確かめられた範囲で、次のような願いごとが伝えられています。
押すと、同じ願いごとが伝わる場所を地図で探せます。ご利益や効果を保証するものではありません。
時のながれ
- 延長5年(927) — 阪南市は、この年に完成した『延喜式』に載る和泉国日根郡の式内社の一つと説明しています。
- 寛永15年(1638) — 阪南市の案内では、現在の本殿と末社三神社本殿が建立された年です。文化庁の本殿データも1638年としています。
- 昭和10年(1935)頃 — 本殿の前にある拝殿が建て替えられたと、阪南市が説明しています。本殿の建立年とは別です。
- 平成5年(1993)12月9日 — 本殿と末社三神社本殿が国の重要文化財に指定されました。
このページで確かめたこと
資料照合/未解決
阪南市の観光案内は、本殿が拝殿の奥にあるため全容を望めないと説明しています。建物の特徴が資料で分かっても、参拝位置からすべて見えるとは限りません。また、日本観光振興協会の案内は現在の社殿と本殿を1638年の再興とまとめていますが、市の文化財解説は拝殿を1935年頃と書き分けています。年代は建物ごとに読む必要があります。
現地取材は未実施です。屋根や扁額をどこまで見られるか、案内板の位置と立入可能範囲は確かめていません。
この節の確認に使った資料
🗺 この地点を明治の地図で見る(今昔マップ on the web)
近くの福
- 日根神社(ひねじんじゃ・枕の神社)(縁の福・約9.6km)
- 意賀美神社(おがみじんじゃ・雨降りの滝)(水の福・約17.2km)
- 積川神社(つがわじんじゃ)(水の福・約20.0km)
- 夜疑神社(やぎじんじゃ・雨淵)(水の福・約21.1km)
参考・出典
- 波太神社本殿、末社三神社
阪南市 - 波太神社
阪南市 - 波太神社 本殿
文化庁 - 波太神社(はた神社)
日本観光振興協会