意賀美神社(おかみじんじゃ・枚方 万年寺山)|どんな福が宿る場所か
枚方の意賀美神社は、淀川を望む万年寺山に鎮座し、数学の問題を記した絵馬「算額」を伝える神社です。大阪観光局は延喜式内の古社と紹介し、淀川の鎮守として、古来、航行の船人たちが通航の安全と水害排除の祈願のために創建したと伝えています。祭神の高龗神も、その水害排除の祈願のために祀られたと伝わります。創建年代そのものは不詳とされています。算額は、摂津麻田藩の岩田清庸が文久元年(1861年)に奉納したもので、枚方市指定有形民俗文化財です。水辺を守る祈りと、江戸時代の数学者が奉納した具体的な記録を、同じ神社でたどれるところが特徴です。

この社寺に伝わる願いごと
由緒や資料で確かめられた範囲で、次のような願いごとが伝えられています。
押すと、同じ願いごとが伝わる場所を地図で探せます。ご利益や効果を保証するものではありません。
時のながれ
- 開化天皇の御代(伝承) — 伊香色男命・伊香色女命の邸内に高龗神を祀ったと、大阪観光局が創建伝承を紹介しています。
- 文久元年(1861年) — 摂津麻田藩の岩田清庸が算額を奉納したと枚方市は記しています。大阪観光局は、奉納先を須賀神社の前身である牛頭天王社と説明しています。
- 明治期 — この丘にあった万年寺が神仏分離によって廃寺となり、仏像などが三矢の浄念寺へ移されたと枚方市は紹介しています。
- 平成8年(1996年)4月1日 — 意賀美神社の算額が枚方市の有形民俗文化財に指定されたと、市の文化財一覧に記されています。
このページで確かめたこと
資料照合/未解決
枚方市は算額を、和算家が数学の問題や解答を書いて奉納したものと説明しています。この算額には3問があり、清庸が枚方宿で療養した後、回復への感謝から奉納したと記されているそうです。これは奉納者が伝えた思いで、治療の効果を示す資料ではありません。大阪観光局が挙げる当初の奉納先は牛頭天王社で、現在の保管先と分けて読む必要があります。神社の位置も、同局の由緒ではもと伊加賀宮山、現在の市の案内では万年寺山です。市は参道石段横の万年寺の石柱と十三重石塔も紹介しています。
この稿のための現地確認は行っていません。算額の見学は市の案内では要予約で、展示・保存状態や石塔の見え方は確認していません。
この節の確認に使った資料
🗺 この地点を明治の地図で見る(今昔マップ on the web)
近くの福
- 片埜神社(大坂城鬼門鎮護の社)(除の福・約3.8km)
- 水無瀬神宮 離宮の水(水の福・約8.4km)
- 三島神社の薫蓋樟(くんがいしょう)(木の福・約9.9km)
- 垂水神社(たるみじんじゃ)(水の福・約13.8km)
参考・出典
- 意賀美神社(枚方市)
大阪観光局 - 枚方市内の文化財
枚方市 - 枚方八景 万年寺山の緑陰
枚方市 - 意賀美神社(おかみじんじゃ)
大阪府神社庁