大依羅神社(おおよさみじんじゃ)|どんな福が宿る場所か
大阪市住吉区庭井に鎮座する式内の古社です。大阪市の案内によれば、この地域には日本書紀の崇神天皇62年の条に築造が記される依網池があり、約1平方キロメートルの池は長く灌漑に使われました。宝永元年(1704年)の大和川付け替えで池は分断・縮小し、現在は姿を消しています。大依羅神社の公式案内は、周囲を池や川に囲まれていた土地の来歴(神社サイトの英文紹介による)と結び付けて、この地を「水の神さま」「浄化の地」と紹介しています。

時のながれ
- 崇神天皇62年(日本書紀の記述) — 大阪市は、日本書紀に依網池を掘った記録があると案内しています。現代の西暦へ単純換算できる確定年としては扱いません。
- 宝永元年(1704年) — 大和川の付け替えにより依網池が分断・縮小したと大阪市が記しています。
- 現在 — 依網池は姿を消しています。神社は、水に恵まれていた土地の来歴と結び付けて、水と浄化の信仰を案内しています。
このページで確かめたこと
資料照合/未解決
2026年9月5日に大阪市と大依羅神社公式のウェブ資料を照合しました。大阪市は、祭神、依網池の規模と灌漑利用、1704年の大和川付け替えによる分断・縮小、池が現在残っていないことを記しています。神社公式は、式内の古社であること、水に恵まれた土地の来歴、所在地を案内しています。周囲を池や川に囲まれていたという来歴は、神社サイトの英文紹介にある説明です。神社が掲げる創建1800有余年、『水の神さま』『浄化の地』という説明は、神社自身の由緒と信仰の案内として扱い、考古学的な確定年代や効果の保証とは扱いません。依網池の築造年代と神社の創建年代が同一であることを示す資料、および失われた池の正確な旧範囲は、今回の2資料から確かめられていません。現地取材は未実施です。
この節の確認に使った資料
🗺 この地点を明治の地図で見る(今昔マップ on the web)
近くの福
- 阿麻美許曽神社(あまみこそじんじゃ)の楠と社叢(木の福・約1.0km)
- 布忍神社(ぬのせじんじゃ)(縁の福・約2.4km)
- 浅澤社(住吉の弁天さん・初辰まいり三番目)(学の福・約2.7km)
- 住吉大社(すみよっさん)(金の福・約3.0km)
参考・出典
- 37.大依羅神社・依網池跡
大阪市建設局 - 大依羅神社 公式サイト
大依羅神社