素盞雄神社(千住天王)|どんな福が宿る場所か
素盞雄神社は、荒川区南千住に鎮座し、奇岩「瑞光石」と大きく神輿を振る天王祭を伝える神社です。神社の由緒では、延暦14年(795年)、役小角の高弟・黒珍が、瑞光石に降臨した素盞雄大神と飛鳥大神の神託を受け、一つの祠に祀ったことを始まりとしています。素盞雄大神を牛頭天王とも呼ぶことから「お天王さま」と親しまれ、千住天王の名でも疫病除けの信仰を伝えてきました。6月の天王祭は荒川区登録無形民俗文化財です。二本の担ぎ棒を使い、神輿を左右へ大きく倒して振る姿には、街道沿いで流行した疫病を祓い、悪疫退散を願う祭礼の特色が表れています。

この社寺に伝わる願いごと
由緒や資料で確かめられた範囲で、次のような願いごとが伝えられています。
押すと、同じ願いごとが伝わる場所を地図で探せます。ご利益や効果を保証するものではありません。
時のながれ
- 延暦14年(795年)(伝承) — 役小角の高弟・黒珍が、奇岩に現れた素盞雄大神と飛鳥大神の神託を受け、一祠を建てて祀ったと神社の由緒に記されています。
- 享保3年(1718年)から享保12年 — 神社の由緒によると、別々にあった二神の社殿が類焼し、享保12年に一つの社殿で二柱を祀る瑞光殿が建てられました。
- 現在に伝わる祭礼 — 激しい神輿振りで御祭神の神威を振り起こし、街道の夏の疫病を祓う願いを込めた天王祭と、二本の担ぎ棒による作法を神社が紹介しています。荒川区は天王祭を区登録無形民俗文化財と案内しています。
このページで確かめたこと
資料照合/未解決
神社と荒川区は、担ぎ棒を二本だけ使い、神輿を左右へ倒して振ることを共通して紹介しています。神社はこれを街道の夏の疫病を祓う祭礼と説明しており、医療による予防や治療の説明ではありません。神社の由緒では、素盞雄大神と飛鳥大神はもと別々の社殿に祀られ、江戸時代の類焼後に一つの社殿へ合わせて祀られました。創建伝承、社殿の再建、今日に伝わる神輿の作法はそれぞれ区別できます。荒川区の文化財一覧は天王祭を区登録、境内の富士塚や松尾芭蕉の碑を区指定と記しており、同じ指定区分ではありません。
現地取材は未実施です。瑞光石や文化財の現在の見学範囲、祭礼当日の動線は確認していません。
この節の確認に使った資料
近くの福
- 今戸神社(縁の福・約2.1km)
- 湯島天満宮(湯島天神)(学の福・約4.1km)
- 亀戸天神社(東国天満宮の宗社)(学の福・約4.5km)
- 神田明神(神田神社)(金の福・約4.7km)