開口神社(あぐちじんじゃ・大寺さん)|どんな福が宿る場所か
堺市堺区の開口神社は、堺の総氏神として「大寺さん」と親しまれる式内社です。社の目印には、三つの茄子を組み合わせた珍しい神紋があります。公式由緒では、一つのがくに三つの茄子が実り、縁起のよいものとして奉納されたことから、神紋が変わったと伝えています。神功皇后の命で大阪湾の出入り口を守る社が建てられたという伝承があり、塩土老翁神・素盞嗚神・生国魂神の三柱を祀ります。公式は、安産や開運厄除の信仰を紹介しています。「大寺さん」の呼び名は、境内にあった念仏寺と結び付けて説明され、神社と寺が共にあった歴史を伝えています。

この社寺に伝わる願いごと
由緒や資料で確かめられた範囲で、次のような願いごとが伝えられています。
押すと、同じ願いごとが伝わる場所を地図で探せます。ご利益や効果を保証するものではありません。
時のながれ
- 延長5年(927) — 神社公式の年表は、『延喜式』に登載されたと記しています。
- 天永4年(1113) — 開口・木戸・原の三村の社が併合され、三村宮とも呼ばれるようになったと公式が伝えます。大阪観光局は、この合祀で堺の総氏神になったと説明しています。
- 天正7年(1579) — 神社公式は、『津田宗及日記』に大寺の名が初めて見える年としています。
- 昭和20年(1945) — 神社公式の年表では、7月10日の戦災で境内の建物が全焼したとされています。
- 昭和39年(1964) — 神社公式が、本殿と拝殿の再建を記録しています。古い由緒と現在の社殿の年代は異なります。
このページで確かめたこと
資料照合/未解決
「大寺」の呼称は、公式年表では1579年の史料上の初見として、観光案内では境内にあった念仏寺との関係として紹介されています。初めて記録に見える年が、呼称の生まれた年と決まるわけではありません。また、神紋の由来は公式が伝える故事で、茄子の奉納が史料によって確定したとはしていません。
現地取材は未実施です。神紋をどの建物で見られるか、所蔵する大寺縁起などの宝物が現在公開されているかは確かめていません。
この節の確認に使った資料
🗺 この地点を明治の地図で見る(今昔マップ on the web)
近くの福
- 方違神社(除の福・約1.4km)
- 石津太神社(いわつたじんじゃ)(金の福・約3.0km)
- 浅澤社(住吉の弁天さん・初辰まいり三番目)(学の福・約4.0km)
- 楠珺社(住吉大社)(金の福・約4.3km)
参考・出典
- ご祭神・由緒
開口神社 - 開口神社(あぐち神社)
大阪観光局