阿遅速雄神社(あちはやおじんじゃ)の大クスノキ|どんな福が宿る場所か
放出に鎮座する式内社・阿遅速雄神社には、大阪府の天然記念物に指定された大クスノキと、お蔭参りにちなむ灯籠が残ります。クスノキは、鶴見区の紹介では幹のまわり約6メートル、樹高約16メートルとされています。府の資料は、木が落雷を受けたことや主幹の手当てについても伝えています。神社には、熱田神宮から草薙剣を盗んだ者がこの地で大嵐に遭い、剣を置いて逃げたため、土地の人が当社に祀り、のちに熱田神宮へ返したという伝承もあります。木の傷みと保護の記録、剣の伝承、灯籠に刻まれた奉納の記録を、それぞれ別の手掛かりとして見られる場所です。

時のながれ
- 天智天皇7年(668年)の伝承 — 熱田神宮から草薙剣を盗んだ者が当地で大嵐に遭い、剣を置いて逃げたため、土地の人が阿遅速雄神社に祀り、その後、熱田神宮へ奉還したと大阪市が紹介しています。
- 慶応4年(1868年) — 境内にお蔭灯籠が奉納されました。大阪市立図書館の調査案内では、灯籠にこの年の3月と「太神宮」「おかけ」の文字が刻まれていると紹介しています。
- 昭和45年2月20日 — 大阪府の指定資料に記されたクスノキの指定日です。同資料は、これに先立つ昭和18年8月23日の規則指定も併記しています。
このページで確かめたこと
資料照合/未解決
木の大きさは鶴見区の紹介が幹周り約6メートル・樹高約16メートル、府の指定資料が3.8メートル・15メートルとしており、測定条件の違いは未確認です。樹齢も市の2ページでは「1000年とも」「400年を超す」と表現が異なるため、一定の年数には絞っていません。府の資料は大正時代の落雷で一部が生き残り、枯れた主幹を樹木医が切り取ったと伝えています。灯籠については、市の2009年の案内が市内に一つ残るとする一方、市立図書館は比枝神社などの灯籠も文献から紹介しています。現在の市内での唯一性までは確認できていません。
現地取材は未実施で、木の寸法や灯籠の刻字を自分で測定・観察したものではありません。
この節の確認に使った資料
🗺 この地点を明治の地図で見る(今昔マップ on the web)
近くの福
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